| タイ国発祥の地を訪ねて スコータイとその周辺 |
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13世紀半ば、クメール帝国から独立したスコータイ朝は、タイ文字の制定や上座部仏教の導入などを行い、今日のタイ国の原型をつくったといわれています。いにしえの都・スコータイと、その周辺にひっそりとたたずむ歴史ある街を訪ねてきました。
「水に魚あり、田に稲あり」と、ラームカムヘーン王碑文(1292年)に謳われたスコータイは、今のタイ国におけるタイ族最初の王朝・スコータイ朝(1240年ころ〜1438年)の王都として栄えた。1800m×1300mの三重の城壁に囲まれた都城あとと、その周辺部のあわせて約70平方kmが、歴史公園として整備されている。当時の建物は石材が中心だったため保存状態もよく、スコータイの栄華がしのばれる。
スコータイから北へ約56q、スコータイ時代は歴代の副王が統治していた古都のあと。スコータイより一回り小さい城壁に囲まれた部分と、やや離れたチャリエン地区からなり、すぐ脇をヨム川が流れる。ここは日本で「すんころく」として知られた焼き物の生産地でもあり、多くの窯跡を見ることができる。スコータイほど観光客はいないので、古都のしっとりした雰囲気が味わえる。
スコータイから南西へおよそ77q、ピン川のほとりに位置する。スコータイ時代の14世紀、ビルマの攻撃に備えるための城塞都市として建設された。城壁内とその北側のアランヤイック地区に寺院のあとがいくつか残っている。県庁所在都市だが、タイの典型的な田舎町。外国人観光客は少ない。