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'01 スコータイとその周辺   旅日記から(7) -------7月27日後半



ワット=ナーンパヤー クリックで拡大 [行程] スコータイ→(バス)→シーサッチャナーライ歴史公園見学→(バス)→スコータイ(泊)


内容ポーとの出会い   自転車が故障!ボーに助けられる
トラムで遺跡公園(城壁内)をめぐる  スコータイへ帰る  /この日のデータ

★シーサッチャナーライ歴史公園の略図[別ウィンドウ。地図内クリックで写真見られます]
シーサッチャナーライ歴史公園案内のページ[行き方・まわり方のヒント]

◆ボーとの出会い    城壁内を見学する前に、少し休憩しようと遺跡公園入口の売店に寄った。 売店の女の子にスプライトを注文した。午後1時半になっていたので、「何か食べるものある?」と尋ねると 「ないんです」という。仕方ないのでお菓子を買ってテーブルについた。隣のテーブルでは、 タイ人のおばさんが3人、昼間からビールを数本空けて威勢がよかった。女性が外で酒を飲んでいるのはタイでは珍しい。
   しばらくすると、さっきの女の子がテーブルにやってきた。彼女はボーと名のった。 年は20くらいだろうか。私が日本人であることを確認すると、 日本語を勉強していてわからないところがあるので教えてほしいと、どこからか日本語の学習帳とノートを持ってきた。 見ると、ひらがなを一生懸命練習した様子がわかった。話す方もごく簡単な会話なら何とかしゃべれた。独学で勉強したという。 ボーは、いつか日本へ遊びに行きたいので、もっと日本語を話せるようになりたいが、練習する機会がないと言っていた。 スコータイならともかく、シーサッチャナーライまで足を伸ばす日本人は少ないようだ。それなら日本語を勉強して、 手紙を書くといいよ、と言って住所を交換した。

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◆自転車が故障! ボーに助けられる ボー クリックで拡大    これから城壁内をまわろうという矢先、自転車がおかしい。ペダルが重くてこげない。 降りて見てみると、ボディーの溶接が一か所はがれていた。困っていると、その様子を見ていたのか、 ボーがバイクに乗って来てくれ、「もしダメなら自転車を置いて、私とまわりましょう。帰りはバス停まで送ってあげるよ。」 「自転車は、あそこの床屋のでしょ? 大丈夫、私知り合いだから言っておいてあげる。あとから取りに来てもらうから平気だよ。」 と言ってくれる。なにしろここから床屋までは2、3qはあるので、そこまで引いていくことを考えると、ボーの申し出は本当にありがたく、 そのことばに甘えてさせてもらった。
   その時はボーがバイクの後ろに乗せて案内してくれるものと思った。一緒に入口まで戻り、 自転車を置くと、ボーはそこに止めてあったトラムの運転台に乗り、「私が運転するのよ」と得意げに言った。 なぜわざわざそんなものでまわるのかと疑問に思ったが、その謎はすぐに解けた。ちょうど大型バスが到着し、 ぞろぞろと降りてきたフランス人観光客18人がタイ人のガイドに連れられて、トラムに乗り込んできたのだ。 ボーは売店で働くかたわら、団体客が来るとこうやってトラムを運転するのだそうだ。彼女は私に隣の助手席を勧めてくれ、出発となった。 走ると風が心地よい。緑が多く、スコータイより観光客はずっと少なくて、感じのいい遺跡公園だ。
   このようないきさつで、遺跡公園内はトラムに乗って、しかもボーのガイド付きでまわることになった。 (トラム代は1人20Bらしいが、これも払わずにすんだ。)自転車が故障した時は暗澹たる思いだったが、ポーのおかげで 「災い転じて福と成す」だ。またタイが好きになった。

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◆トラムで遺跡公園(城壁内)をめぐる    ボーの運転するトラムで、フランス人一行と訪ねた寺院は次の4か所だった。
(1)ワット=ナーンパヤー……スリランカ風の釣り鐘型のチェディーもスマートだが、 何といっても礼拝堂の壁に残る模様のレリーフが美しい。貴重なものなのだろう、屋根をつけて保存しているが、 かなり風化してしまっている。当時の寺院の壁はみなこのように美しく装飾されていたのだろうか?
ワット=チャーンローム クリックで拡大 ワット=ナーンパヤー クリックで拡大 (2)ワット=チャーンローム……正方形の基壇に乗った大きな釣り鐘型のチェディーは、 名前のとおり39頭の象(チャーン)が取り囲む(ローム)。この様式自体はスコータイ周辺にいくつかあるが、 ここのチェディーは基壇が二階構造になっており、象は下の方でチェディーを支え、上の方の龕(がん)には仏像が納められている点が、 他のものと異なっている。この寺院のすぐ近くには本物の子象がいて、観光客にバナナをねだっていた。
(3)ワット=チェディーチェットテーオ……異なる様式の仏塔が33基も並んでおり、壮観だ。 中央のチェディーは蓮のつぼみをかたどったスコータイ様式のもので、スマートで美しい。もともと境内には仏像が何体があったらしいが、 盗難に遭ってしまったという。なおダムロン親王(タイ歴史学の父と称される学者)は、 ここがスコータイ王家の遺骨の安置場所だったと推定している。
ワット=チェディーチェットテーオ クリックで拡大 ワット=カオパノムプルーン クリックで拡大 (4)ワット=カオパノムプルーン……小高い丘の上にあるので、114段の階段を登っていく。 頂上には仏座像が一体安置されており、そこからヨム川の流れとワット=シーラッタナマハータートのプラーンが見えた。

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◆スコータイへ帰る    1時間あまりでまわり終わり、入口へ戻る。フランス人たちが降りてバスに乗り込むと、 あたりは急に静かになった。終バスが4時ころというので、あまり時間はなかった。ボーはトラムを元の場所に置くと、 バイクを運転し、私を後ろに乗せて、行きに降りたバス停まで送ってくれた。ボーは床屋に寄って壊れた自転車のことを説明してくれた。 ボーには本当に、何から何までお世話になってしまった。
   バス停にはすでに白人の観光客が2人いた。ボーと一緒にバスを待つ。10分ほどして、 スコータイ経由ピッサヌローク行きのバスがやって来た。こういう時に限ってバスはすぐ来るのだ。後ろ髪を引かれながら、終バスに乗り込んだ。
   ちょうど退勤時間だろうか、仕事帰りといった様子の客がけっこう乗り込んでくる。約1時間でスコータイのバスターミナルに着いた。 まだ旅の途中なのだが、何か現実に戻ってきたような不思議な感覚を感じた。
   ホテルで休憩後、夕食は昨日と同じ、昼間シーサッチャナーライで白人観光客を車で案内していたおじさんの食堂へ行った。 昨日の酔っぱらいおじさんはいなかったが、食堂のおじさんと話が弾んだ。「自転車でまわってたね、疲れたでしょ。」 「うん。しかもあの自転車、途中で壊れてね。大変だったよ。でも女の子が助けてくれて……。」……。気がつくとビアシン大瓶を3本も飲んでしまっていた。 明日はスコータイを発つので、この食堂のおじさん、おばさんにもお礼とお別れを言って、ホテルに帰る。 いい人ばかりに出会い、その人たちのおかげで楽しく旅をさせてもらっている、とつくづく思った。

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【この日後半のデータ】 13:30 遺跡公園(城壁内)入口の売店で。スプライトとお菓子 15B。
14:00すぎ 城壁内に入場。共通入場券で入場できる。まもなく自転車壊れる。 14:30〜15:40 ポーの運転するトラムで城壁内をまわる。ワット=ナーンパヤー→ワット=チャーンローム→ワット=チェディーチェットテーオ→ワット=カオパノムプルーン
16:00ころ ポーのバイクに乗せてもらいバス停に。ピマーイ市街に到着。目の前がピマーイ遺跡公園。入場料40B。
16:15 ピッサヌローク行きのバスに乗車。 17:00すぎ スコータイのバスターミナルに到着。運賃27B。乗り合いソンテウで街まで。4B。
20:30ころ 夕食 昨日と同じ店。ビアシン大瓶3本、野菜炒め、ヤムヒマパーン、炒飯 420B。
宿泊:同前 1泊220B
1B=約2.7円

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