
[行程] スコータイ→(バス)→シーサッチャナーライ歴史公園見学→(バス)→スコータイ(泊)
恐怖のつり橋
ワット=シーラッタナマハータート
その他チャリエン地区の寺院 焼き物の里 /この日前半のデータ
★シーサッチャナーライ歴史公園の略図[別ウィンドウ。地図内クリックで写真見られます]
シーサッチャナーライ歴史公園案内のページ[行き方・まわり方のヒント]
◆恐怖のつり橋
朝起きると、昨日の疲れと酔いのせいか少し調子が悪い。ソンテウでバスターミナルに行き、
9時過ぎにウッタラディット行きのローカルバスが来たので、
車掌さんにシーサッチャナーライを通ることを確認して乗り込んだ。
出発を待つ間、私を見つけた外国人が2人あいついでバスに乗り込んで来て道を聞かれた。
ピッサヌロークからバスでやってきた日本人のおじさんは、スコータイ歴史公園へ行きたいと言う。
もう1人は日本人でもタイ人でもないアジア人の若い男性で、スコータイの街に行きたいと言う。
それぞれの場所へ行くソンテウ乗り場を教えたが、この新しいバスターミナルのことがガイドブックに
載っていないので困ったのだろう。
バスは途中サワンカロークの街で30分停車したので、
シーサッチャナーライまで1時間40分もかかった。あらかじめ車掌のおばさんに「ムアンカオ」(古い街)で
降ろしてくれるように言っておいたので、近くに来ると車掌さんは、貸自転車屋の前でいいねと念を押し、
そこで降ろしてくれた。降りると床屋の前に自転車が並べてあった。
どうやらレンタサイクルは床屋のサイドビジネスらしい。自転車は1日30Bだった。
よく見ていいものを借りたつもりだったが……。
レンタサイクル屋のおじさんは、この道を行って右手がお寺だよと教えてくれた。
その通りに細い道を行く。……とびっくり。狭いつり橋だ。手すりはなく、ワイヤが渡してあるだけ。
足もとは幅1mほどの木の板が敷いてあるだけで、しかもデコボコ。今借りたばかりの自転車なので、
まだ慣れずにフラフラするが、自転車から降りて体勢を立て直すスペースもない。下は増水したヨム川が
満々と茶色い水をたたえ、渦を巻いてすごい勢いで流れている。タイヤを取られて転んで落ちたら、
濁流に巻き込まれてひとたまりもないと真剣にびびった。おそるおそる行くと、
何と向こうからバイクがやってくるではないか。すれ違いざまに接触したら川に落ちて死ぬ、と覚悟した……が、
バイクのお姉さんは橋の入口で止まって待っていてくれた。感謝!
やっとの思いで渡りきったが、こんなに恐ろしいつり橋はなかった。
◆ワット=シーラッタナマハータート
恐怖のつり橋を渡りきったところが、
ワット=シーラッタナマハータート
だった。入口で共通入場券を見せると、係員兼売店のおばさんがスタンプを押してくれる。
恐怖のせいか口が渇いたのでコーラを注文すると、氷をコップに2杯もサービスしてくれた。
おばさんたちと「そこのつり橋怖かったよ」などと話しながらコーラをいただいた。
この辺りはちょっとした市場になっているようだが、おばさんたちの笑顔がいい。
この辺りをチャリエンというが、ヨム川が大きく蛇行しており、
天然の要害になっているためか、スコータイが独立する以前、クメール人たちの拠点だったという。
ワット=シーラッタナマハータートは、その中心に立つひときわ大きな寺院で、
約90m×60mもの大きさの壁に囲まれている。この寺院の見どころを3つ紹介したい。

(1)正面の門の上、小さな塔の上部の四面に刻まれている、
観世音菩薩の涼しげな顔。
カンボジアのアンコール=トムのバイヨンを連想させる造形で、何とも独特である。
ヨム川の氾濫で土砂が堆積したためか、門は高さが1mほどしかなく、くぐることはできないが、
その分飾りがよく見える。反対側にも同じような門があったが、そちらの方は飾りが崩れてしまっていた。
(2)中心に位置するクメール式の大きなプラーンの左側に残る、
流れるような遊行仏の姿。
腕と足の一部は失われているが、それでも歩いている姿であることが誰にでもわかる。
顔の表情も優しくほほえんでいるようだ。プラーンの手前には他にも何体か仏像が安置されており、
正面には仏座像が、その両脇にはかなり古くて顔が無くなってしまっている仏像と、
下半身が土に埋まってしまっている仏像が、それぞれ静かに並べられていた。

(3)この
プラーンは後世のアユタヤ時代のものらしいが、登れるように階段がついている。
狭い急階段を登ると、境内全体はもちろん、この辺り全体を見下ろすことができる。
その他にも、ナーガにすわる仏像、崩れかけたチェディーなどが壁の中に残されていた。
また、壁の外側には上部が崩れた大きなチェディーが1基立っており、
その周辺にはやはり何体か仏像が残されていた。このように見どころの多い大きな寺院跡なのだが、他に見学客もほとんどなく、
静かすぎるくらいだった。
◆その他チャリエン地区の寺院
チャリエンには、ワット=シーラッタナマハータート以外にも、
小さい寺院のあとがいくつか残されていた。
ワット=チョムチューンには、
仏像を納めた小さな建物がよく残っていた。この隣のヨム川のほとりには、
ここで発掘された15体の人骨の展示場があった。説明によると、
先史時代からドヴァーラヴァティーの時代(7〜8世紀)のものらしい。
この辺りはずっと古くから人間が住み着いていたようだ。
また、
ワット=チャオチャンのクメール式のプラーンは、
スコータイ独立以前、クメール王ジャヤヴァルマン7世(在位1181-1220?)時代のものという。
ヨム川に沿ってさらに西へ行くと、道沿いに
ワット=コークシンカーラームがある。
縦に並んだ3つのチェディーと、手前の礼拝堂の壁がよく残っており、往時の様子が想像できる。

昨日と違って、今日は曇っているためかたいへん涼しい。自転車をこいでも快適だ。
まもなくシーサッチャナーライの城壁が見えてくるが、城壁内は後回しにして通り過ぎ、
先に城壁の北西部をめざしていた。すると向こうから来た赤い車が止まり、
運転手が窓から顔を出して「どこ行くの? 覚えてる?」と声をかけてきた。
観光客とおぼしき白人を数人乗せていた。誰だろう、とよく見ると……驚いた!
昨日飲んだ食堂のおじさんではないか。「もちろん覚えてるよ。自転車でまわってるんだ」と答えて、
お互いこんなところで出会った偶然に笑いあった。あとで聞くと、
スコータイとシーサッチャナーライをまわって、1日1台1300Bで、だいたい毎日仕事があるという。
昨日は一緒に酔っぱらっていたが、なかなかのやり手だ。
◆焼き物の里
城壁の北西部には、約1qの間に500以上の窯跡が残されており、
サンカローク焼きと称される陶器の一大産地だったと考えられている。
スコータイ朝のラームカムヘーン大王(13世紀後半)のころ始まった陶器の生産は、
スコータイ朝がアユタヤ朝に併合されて以後も続けられ、重要な輸出品としてタイに繁栄をもたらした。
サンカローク焼きは日本へもやって来て、桃山時代から江戸時代初期の茶人に「すんころく」としてもてはやされた。

道沿いに自転車をこいでいくと、当時の窯跡がいくつか残されている。
形はどれも同じで、長さが7〜8mのひょうたん型をしている。大きい方で火をたき、
小さい方から煙を抜く構造だと思われる。
パヤーン窯には、
保存状態のよいひょうたん型の窯が2つ向かい合って並んでいる。ここから自転車で20分ほどこいでいくと、
コノーイ窯を保存展示する立派な博物館があった。
(入場料がいるが、共通券を見せればOK。)そこの窯跡は10mくらいの大きさがあり、
ここで発掘された陶器やその破片が並べられていた。この辺りは今も焼き物を焼いているのだろうか。
サンカローク焼きを模した焼き物を売る店がたくさん並んでいた。

さらに800mほど行くと、これも立派な
サンカローク焼研究保存センターがある。
(ここも入場料がいるが共通券で入れる。)たくさんの窯跡が保存されていて壮観だが、かなり遠いので、
時間がなければあえてここまで来る必要はないかもしれない。
城壁内の遺跡を見るために今来た道を引き返す。30分はこいだだろうか、
ようやく城壁が見えてきた。城門の手前には美しい建物が2棟並んで建っていた。
ワット=クディーラーイという寺院らしい。
【この日前半のデータ】
8:00すぎ ホテルを出て、乗り合いソンテウでバスターミナルまで。4B。
バスターミナルで、コーヒーとサンドイッチを買い、朝食とする。
9:20ころ ウッタラディット行きのバスが出発。
11:00ころ シーサッチャナーライの「ムアンカオ」、床屋のレンタサイクル屋の前で降りる。バス運賃25B。
そこで自転車を借りる。1日30B。
チャリエン地区
ワット=シーラッタナマハータート(共通入場券150B購入済み、以下の遺跡・博物館はすべてこの券で入場できる)→ワット=チョムチューン→ワット=チャオチャン→ワット=コークシンカーラーム
城壁北西部
パヤーン窯→コノーイ窯→サンカローク焼き研究保存センター→ワット=クーディーラーイ→城壁内へ
1B=約2.7円
