
[行程] ピッサヌローク市内見物→(バス)→スコータイ(泊)
ピッサヌロークの由緒
民俗資料館と仏像鋳造工房
ワット=ヤイ スコータイへ移動 /この日のデータ
◆ピッサヌロークの由緒
ピッサヌロークは、バンコクとチェンマイのほぼ中間に位置する大きな街で、
街の西側をナーン川が南北に流れている。昔から今に至るまで、この地方の中心都市、交通の要衝として栄えてきた。
●地名の由来
伝説によると、スコータイ朝第6代のリタイ王が1357年、
この都市を王子が統治する都市に昇格させる時、ワット=プラシーラッタナマハタートに安置する3体の仏像を
鋳造することにした。2体は完成したが、残り1体は鋳造してもなかなか固まらなかった。
その時どこからともなく白衣の人が現れて作業に加わって手を貸し、またどこかへ去っていった。
こうして
美しい仏像、有名なチンナラート仏は完成したのだが、
白衣の人はヴィシュヌ神の化身と信じられるようになり、ピッサヌローク、つまり「ヴィシュヌ神の世界」
という都市名がついた、という。ちなみに地元の人は短く「ピローク」と呼んでいる。
●王都としての歴史
ピッサヌロークは、スコータイ朝時代からアユタヤ朝時代にかけて、何度か王都になった歴史がある。
・スコータイ朝時代 1362〜69年(6代・リタイ王) 1409年〜(8代・サイルータイ王)
・アユタヤ朝時代 1463〜88年(8代・トライローカナート王)
また、ビルマに服属していたアユタヤ朝を再び独立に導いたナレースワン大王(19代 1590〜1605年)は、1555年ピッサヌロークで生まれた。副王としてこの街を統治しながら、ビルマ軍を駆逐し1584年独立を達成した。
ピッサヌロークには、こういった歴史に関わる場所や地名がたくさん残っているので、少し歴史を知っておくと、この街への親近感が増すかもしれない。
◆民俗資料館と仏像鋳造工房

この日はまずTATを訪ね、地図等をもらう。その後、タウィー博士の民俗資料館(Sgt.Maj.Thawee Folk Museum)を見学した。
ここは向かいの仏像鋳造工房で財を成したタウィー軍曹が建てたもので、彼は民俗学の研究者としても名高いという。
こぎれいな木造の建物の中には、この地方の民具(農具・漁具や台所用品)が展示してある。竹で編んだものが多く、
日本との共通点を感じる。この他には子どものおもちゃがおもしろい。
糸電話、でんでん太鼓、コマ、凧などやはり日本と似たものが多い。
これは東南アジアと日本の基層文化が通底しているためか、
それともこういう物はもっと広い範囲で共通しているのだろうか。

その後、向かいの仏像鋳造工房にお邪魔する。
工房内は見学客が自由に見学できるようになっていて、実際にどのように仏像ができるようになっているのか、
絵と説明、それに実物の展示でよくわかる。大きな仏像は、まずロウで形を作り、その上に漆喰を塗っていく。
乾燥後釜に入れてロウを溶かし去り、中空部分に金属を流し込んでつくるという。最後に大小の仏像が並べられた
売店があり、欲しいものもあったが、おみやげに買うものでもないなと思い買うのをやめた。
◆ワット=ヤイ
ピッサヌローク一の名所は、ワット=プラシーラッタナマハタート(地元の人は「ワット=ヤイ(大寺)」と呼んでいる)という寺院である。ここにはピッサヌロークという街の名の由来にもなった「チンナラート仏」が祀られている。この仏像はまた、タイでいちばん美しい仏像の一つとしても有名である。
駅前からこの寺院まで乗せていってもらおうと、自転車サムローを拾い、交渉して20Bでまとまった。サムロー引きのおじさんは精悍に日焼けしているが、見たところかなりのお年かなと思い尋ねると、なんと70歳という。40年以上この仕事をやっているそうだ。交差点でも車に手を挙げて合図を送り、無事寺院まで届けてくれた。「最近は車やバイクが多いから気をつけてくださいね」と言うと、「大丈夫だよ。事故なんて一度もしてないからね。」と胸を張った。生涯一サムロー引き、という誇り高さが何かとても格好良かった。
ワット=ヤイに着いて、早速本堂のチンナラート仏にお参りする。高さ3.5mの金色に輝くこの仏像は、たいへん端正な顔付きをしていて、威厳を感じさせる。本堂の中にはたくさんの人がお参りに来ており、この仏像に対する厚い信仰心がひしひしと伝わってくる。
この熱気を逃れてナーン川のほとりに出る。川を渡る風が心地いい。そばの橋の付近にはイカダに浮かんだレストランや水上住宅が並んでいる。

その後、見学した近くのワット=ナンパヤーとワット=ラーチャブラナ(いずれもアユタヤ朝初期に創建された古い寺院)
は、ワット=ヤイとは異なり、静寂が支配する寺院だった。
◆スコータイへ移動
ピッサヌロークにはこの他にも、スコータイ朝以前の創建と言われるワット=チュラマニー、
空飛ぶパックブーン炒めなど、まだまだ見たい場所はあるのだが、スコータイに明るい内に着くためにはそろそろ
出発しなければならない。これらは次回の楽しみにとっておこう。
ワット=ヤイのすぐ南の道路でスコータイ行きバスを捕まえた。
ノンエアコンのローカルバスは快調に走り、約1時間後スコータイに着いた。
ところがバスはガイドブックとは違い、郊外のバスターミナルに着いた。
ここが終点らしいが、いったいここがどのあたりのかさっぱりわからない。
トゥクトゥクに乗ろうとすると30Bという。
高いなあと思い、少し探すと「市内循環」という表示のあるソンテウ乗り場があったので乗り込むと、
約10分で大きな市場の前に着いた。たった4B、これは便利だ。あとから地元の人から聞いた話によると、
この(2001年)4月に新しいバスターミナルができて、バスはそこから発着するようになったらしい。

市場で降りて、そばのスコータイホテルにチェックインした。
シャワーを浴びたあと、夕方のスコータイの街を散歩した。
そばにサーンメーンプラヤーという土地神を祀る祠があるというので探しに出るが、
それらしいところには公園があるだけで、よくわからなかった。
その後、夕食にしようとヨム川のほとりに行った。タイの街ではたいてい川沿いに、
手頃で雰囲気のいい食堂があるものだ。たしかに食堂は何軒かあったが、川の水があふれんばかりで驚いた。
かろうじて堤防が洪水を防いでいるが、ところどころ冠水している道路もある。
お腹一杯になってホテルへ帰ると、近くの路地でナイトバザールがにぎやかに開かれていた。
服、靴、アクセサリーなどが売られていた。冠水した道路を靴で歩くのは厄介なので、
一軒の露店で99Bのぞうりを買った。靴からぞうりに履き替えると、お腹は一杯だが、身も心も軽くなった感じがした。
【この日のデータ】
9:00すぎ ホテルを出て、徒歩でTAT(政府観光庁)へ。情報収集。
さらに20分ほど歩き、タウィー博士の民俗資料館(入館料は志納)と仏像鋳造工房を見学。
駅前で自転車サムローを拾い、ワット=プラシーラッタナマハタートまで、20B。お参り。
近くの、ワット=ナンパヤー、ワット=ラーチャブラナにも立ち寄る。
ワット=ラーチャブラナ横の食堂で昼食。炒飯とペプシ、23B。
14:00 食堂そばのバス停からスコータイ行きのバスに乗る。23B。約1時間かかる。
◆◆◆
ピッサヌロークからスコータイ行きのバスは、ワット=ヤイの南側の道を通るので、
わざわざ遠くのバスターミナルまで行かなくても、ワット=ヤイ参拝のついでに乗れてしまう。
15:00ころ スコータイのバスターミナルに到着。そこから乗り合いソンテウで市場まで、4B。
市場から数分歩いて、スコータイホテルにチェックイン。トイレ・シャワー付、TV付で1泊220B。
◆◆◆ちなみにクーラー付き270B、
TVなし170Bという
夕食 ヨム川にかかる橋の付近の食堂で、トムヤムカイ、ヤムウンセン、ビアシン大1小1 200B。
ナイトバザールで、ぞうり99B。
1B=約2.7円
