馬車の走る町、ラムパーン
チエンマイから列車かバスで約2時間。チャオプラヤー川の支流の一つ・ワン川が町を流れ、ゆったりした時間を刻んでいく。
◆見どころ紹介
○ラムパーン市内
(1)ワン川南側

ビルマ式の寺院 ワット=シーチュム
市場や商店街に混じって、ビルマ式の寺院が点在する。
ワット=シーチュム/ワット=パーファーン/
ワット=シーロンムアン/タラート=カオ通り
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(2)ワット=プラケーオドーンタオ
仏塔とモンドップ
15世紀に創建された古寺で、かつてエメラルド仏が祀られていた。市街でまず第一に訪れたい寺院。
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(3)ワン川北側(その他)

バーン=サオナック
静かな住宅街に見どころが点在。馬車か自転車でのんびりと。
ワット=プラチェディーサーオラン/
バーン=サオナック/ワット=ポンサヌックタイ
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(4)街角の風景
ラムパーンで、ふと見つけた風景。→こちら
○ラムパーン郊外
(1)ワット=プラタートラムパーンルアン
ワット=プラタートラムパーンルアン 入口
ラムパーンから18kmの郊外にある、歴史ある古寺。ラーンナー様式の美しい建物が印象的だ。
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(2)タイ象保護センター
ショー会場に勢揃い
危機に瀕するタイの象や、象に関する文化を保護するための施設。象に癒され、象について考える。→こちら
◆町の来歴〜ラムパーン略史
ラムパーンは、近くのラムプーンとともに古い歴史を持つ都市である。伝説によると、7世紀中ころ、モン人の国ラウォー(ロプブリー)の王女・チャーマーテウィーを女王に迎えて、ハリプンチャイ王国がラムプーンに建国された。女王はワン川岸にケーラーンカナコーン国、つまり今のラムパーンを建て、ハリプンチャイ(ラムプーン)とともに支配したという。ただし、ハリプンチャイ王国建国の年代については8〜9世紀という説もあり、遺物等は11世紀以降のものになる。
1281年、ハリプンチャイ王国がラーンナータイ王国(チエンマイ)のマンラーイ王に滅ぼされると、それに服属。16世紀から18世紀には、ラーンナータイとともにビルマに服属した。1774年、トンブリー王タークシンによるビルマ支配下のチエンマイ攻撃に、ラムパーンの支配者・プラチャオ=カーウィラが加勢し、その功績によりラムパーン王、1781年にはバンコク朝ラーマ1世王からチエンマイ王に封じられ、バンコクに朝貢した。以後、カーウィラ王の子孫が代々チエンマイ王として、19世紀末まで統治した。
19世紀末、この町は英国の会社によるチーク材交易の中心として栄え、チーク材伐採の技術指導や取引にたけたビルマ人が多数やって来た。彼らが資金を出し合って建設、改修したビルマ式の寺院が今日まで残っている。
20世紀初頭、バンコクからの鉄道が開通した。ラムパーンはあたかも北タイの首都の様子を呈し、こんな言い回しが生まれた。「善人ならラムプーン、美人ならチエンマイ、新し好きならラムパーン」。
現在、ラムパーンは鉄道が通り、国道1号線(アジアハイウェー2号線)が通る交通の要地だが、チエンマイに比べると訪れる人は少なく、その分かつての栄華に思いを馳せることができる町だ。