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'08-'09 山あいの里、プレーとナーン   旅日記から(3) ----2008年12月29日

[行程]
プレー→(ソンテウチャーター)→ワット=プラタートチョーヘー、ペムアンピー森林公園→プレーの寺院巡り、セーリータイ博物館→(バス)→ナーン(泊)
内容
◇トラ年の寺とお化けの国
◇ビルマ風の寺院
◇「辺境の地」ナーンへ
データ
 旅日記 別の日
(1)峠越えの儀式
(2)ヨム川の町プレー
(3)プレーの郊外へ◄NOW
(4)自転車でナーンをまわる
(5)ナーンの山岳民族を訪ねる
(6)2年ぶりのラムパーン
(7)ラムプーンとチエンマイ

◇トラ年の寺とお化けの国
ワット=プラタートチョーヘー クリックで拡大 ワット=プラタートチョーヘー
  プレー郊外の有名な寺院・ワット=プラタートチョーヘーは、町から約10kmほど離れている。ホテルで行き方を聞くと、ソンテウをチャーターした方がいいと言うし、バスターミナルでソンテウの運転手に聞いても、乗合よりチャーターした方がムダがないよ、と予想通りの答えが返ってきた。寺院での待ち時間1時間で往復300Bの言い値を、250Bに値切ってそのソンテウをチャーターした。
  30分足らずで、小高い丘の上に立つ ワット=プラタートチョーヘー へ到着した。土産物屋が並ぶ駐車場はけっこう混雑し、参拝客で賑わっている。マイクで寄付を募っていたので少額を寄付すると、この寺院のカレンダーがもらえた。長い階段を上がると、正面に黄色い仏塔プラタートチョーヘーが見えるが、残念ながら修復中のようで、竹の矢倉で囲まれていた。北タイの習慣にしたがって、多くの参拝客と一緒に塔を右回りに3周した。隣の大きなウィハーンには、やはりピッサヌロークのチンナラート仏に似た仏像が、塔を挟んで反対側の小さな礼拝堂には、「プラチャオ・タンチャイ」(願かけ仏)が祀られていた。とくに後者は、祠が小さいのでみんな並んで順番待ちだった。それほど御利益があるのだろうか。
ペムアンピー クリックで拡大 ペムアンピー
  チャーターしたおかげで時間に余裕ができたので、プレーへの帰途、キノコ岩が並ぶペムアンピーに寄ってもらうよう、ソンテウのおじさんと交渉すると、あと250Bと言う。予想より安かったので、それでOKした。途中、白人10人ほどがヘルメットなど完全装備で自転車をこいでいるのを見た。プレーからペムアンピーまで往復30kmのサイクリング、ごくろうさん!
  寺院から30分もかからず、 ペムアンピー森林公園 に到着した。入口から少し行くと、キノコ岩が見えてくる。トルコのカッパドキアとは比ぶべくもないが、確かに奇妙な風景で、ムアンピー(お化けの国)というネーミングにも納得できる。説明板によると、これらの奇岩は200-300万年前にできたものだという。奇岩を見下ろすように、まわりの丘を一周するトレイルを歩く。森の中の道で気持ちよかった。帰りも30分ほどで、プレーのバスターミナルに帰ってきた。
ワット=プラタートチョーヘー
北タイで、トラ年生まれの人が巡礼すべき寺院とされている。もちろん、十二支すべてにそのような寺院が用意されている。
詳しくは→here
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ワット=プラタートチョーヘー
白人のサイクリングは、北タイでわりとよく見る。スペアやスタッフを乗せた伴走車付きのツアーで、日焼けで真っ赤になって疲れ果てた白人が伴走車の冷房で休んでいたりする。
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ペムアンピー
 
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◇ビルマ風の寺院
ワット=チョムサワン クリックで拡大 ワット=チョムサワン
  昼食後は、プレーの町で昨日見残した所をまわった。 ワット=チョムサワン は、メーホンソーンやラムパーンにあるような、ビルマの影響を受けたタイヤイ(シャン)式のチーク造りの寺院で、100年余りの歴史がある。余分な装飾がない分、木造建築の美しさが魅力的だった。少し歩いて訪ねた ワット=サボケーオ も似ていたが、仏像は明らかにビルマ風で、ヤンゴンのシュエダゴン・パゴダの写真も飾ってあった。この寺院で行われたボイサーンローン(タイヤイ族の風習。少年の得度式)の写真もあった。
セーリータイ博物館 クリックで拡大 セーリータイ博物館
  最後に荷物をホテルに取りに行きがてら、ホテルの敷地にあった セーリータイ博物館 を見学した。今朝ホテルで朝食をとっている時、偶然見つけたものだ。セーリータイ(自由タイ運動)とは、第2次大戦中連合国に協力した抗日組織のことで、博物館の説明によると北タイの中心がこのプレーにあったという。そのプレー支部長を務めた人の屋敷が博物館として公開されている。中には、活動家や活動の様子が写真で紹介され、また、彼らが使った自転車やハンモックなど実物も展示されており、なかなか興味深かった。
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ワット=チョムサワン
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ワット=サボケーオ
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セーリータイ博物館
セーリータイ
アジア・太平洋戦争が始まると、日本軍の勢いに押されたタイ政府は日本と同盟を結ぶ。しかし日本軍の横暴ぶりを見た人々が、駐米大使らを中心に抗日組織「セーリータイ」をつくり、ひそかに連合国と連絡を取り合って協力した。セーリータイの活動によって、戦後タイは敗戦国の扱いを免れた。 上へ戻る

◇「辺境の地」ナーンへ
ホテルからの眺め クリックで拡大 ホテルからの眺め
  満員に近いローカルバスで、ナーンへ向かった。小さなプレーの町を出ると、たちまちのどかな田園風景になる。やがてバスが登りに差しかかると、チークの林が見え隠れしはじめ、登り切った峠でバスはクラクションを鳴らし、祀られている精霊に挨拶していく。「峠の儀式」だ。祠に向かって手を合わせる乗客も多い。この儀式によって、ヨム川流域(プレー県)からナーン川流域(ナーン県)に入ったことがわかる。
  峠を下ると再び田園が広がる。枯れた稲を牛がもぐもぐ食べている水田や、トウモロコシやニンニクの畑が見える。気づくと道と並行して川が流れている。ナーン川だ。バスはウィエンサー(ナーン県南部)のバスターミナルに寄ったあと、30分ほど走るとナーンの町に入った。
  ナーンのバスターミナルへ到着すると、すぐに乗合ソンテウの運転手がやってきて行き先を聞いてくる。何人かの乗客を乗せて、予約してあるホテルまで送ってくれた。ホテルはにぎやかな市場の正面、町のど真ん中にあった。最上階(5階)の部屋から町を見渡すと、ここが周囲を山に囲まれた盆地であることがわかる。
  早速、夕食がてら町の散歩に出かける。市場を冷やかしながら、ナーン川沿いの食堂街をめざした。途中、OTOPの店があったので寄ってみると、服、食品、雑貨などなかなかいいものが安く売られていた。結局このOTOPの店にはナーン滞在中毎日通ったので、店員さんとも顔なじみになった。
夕方のナーン川 クリックで拡大 夕方のナーン川
  そこから5分も歩くとナーン川に出る。辺りはすっかり暗くなっていたが、向こうに見える灯りの列に近づいてみると、やっぱり食堂だった。川の堤防に沿ってテーブルが20卓余り並び、各テーブルにはろうそくのランプ(これがないと暗くて見えない)が置かれて、少し肌寒いもののいい雰囲気だ。川岸では犬が水遊びし、えさ目当ての猫もうろうろしている。バンコクあたりの気取ったレストランより、こういういかにもタイ的なローカル食堂が好ましい。料理の方は濃い味付けで、ビアシンにぴったり。とてもおいしくしかも安い! テーブルがほぼ満席なのもうなずけた。(次の日もここへ来てわかったことだが、ここには3軒の食堂があって、各食堂ごとのテーブルになっているようだ。よく見るとテーブルのセッティングも微妙に違うし、テーブルの近くにはちゃんと看板もある。)
OTOP
One Tambon One Product の略語で「一村一品運動」という意味。大分県の事業をモデルに、タクシン元首相が始めた。各地の商品やコンクール優秀商品などの情報は、 www.thaitambon.com が詳しい。
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【データ】

12月29日
8:00ころ ホテルで朝食
9:00ころ バスターミナルでソンテウをチャーター。1台500B
9:30-10:40 ワット=プラタートチョーヘー
11:00-11:35 ペムアンピー森林公園
12:00ころ プレーのバスターミナル到着
そばの食堂で昼食 クィティオナーム2杯、コーラ 2人で74B
徒歩でプレーの寺院2か所をまわる(ワット=チョムサワン、ワット=サボーケーオ)
泊まったパラドーン・ホテルの敷地にある「セーリータイ博物館」
14:30 プレー発 普通バスでナーンへ。1人62B
17:00ころ ナーン到着。ソンテウで予約してあった「テワラート・ホテル」まで。1人20B
夕食 ナーン川沿いの食堂で、トムヤムクン、プラーカン魚のニンニク揚げ、海鮮辛炒め、ビアシンなど。2人で270B
その後夜食 ホテル近くの食堂「スアン・イーサーン」にて、ソムタムタイ、エビのてんぷらなど。2人で205B
宿泊 テワラート・ホテル 1泊996B(2人朝食付。ネットで予約)
100円=37.25B、1B=2.7円 上へ戻る

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