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ラムプーン市内  見どころ紹介(3)      城 壁 外

  城壁外にも、女王チャーマテーウィーゆかりの寺院や屋根付きの橋など、ユニークな見どころが点在している。  このページの内容 
◇ワット=チャーマテーウィー
◇ターシン橋
◇ウィエンヨーン
 関連ページへのリンク 
◆見どころ
 (1)ワット=プラタートハリプンチャイ
 (2)城壁内(それ以外)
 (3)城壁外◄NOW
旅日記から(08年8月)

 ◇ワット=チャーマテーウィー
ワット=チャーマテーウィー 伽藍配置図 チェディー・スワンチャンコート(チェディー・クークット) ラッタナ・チェディー 礼拝堂 シーウィチャイ師の仏塔 菩提樹   西の城門・マハーワン門から道なりに西へ1kmほど行くと、左手に変わった形の仏塔が見えてくる。これがワット=チャーマテーウィーだ。
  ラムプーンで一番古い寺院と伝えられ、起源はハリプンチャイ王国時代の8〜9世紀までさかのぼるといわれる。
 メインの仏塔「チェディー・スワンチャンコート」(別名「チェディー・クークット」) 
仏塔の仏像たち クリックで拡大 仏塔の仏像たち
寺院の入り口 クリックで拡大 寺院の入り口
  寺院の入り口には、赤い門柱の上に獅子が見張っていた。ここから例の仏塔がよく見える。
  八角形の基壇の上に、四角形の塔が5層積まれている。高さは約21m、基底は15.35m。各層には、各面3箇所の龕(がん)がうがたれ、それぞれに1体ずつ仏像が安置されている。つまり合計3×4面×5層=60体の仏像が祀られている訳だ。仏塔の表面は白い漆喰が塗られ、装飾が施されているが、時の流れの中で部分部分剥落してしまった。また、塔の頂上には「クー」とよばれる飾りがあったが、今は失われてしまっている。
  このような独特の様式(ハリプンチャイ様式)は、この寺院のラッタナ・チェディーや、この町のワット=プラタート・ハリプンチャイのチェディー・スワンなどにも見られるが、ラーンナータイやスコータイの寺院建築に影響を与えたといわれる。
ラムプーンのチェディー クリックで拡大 ラムプーンのチェディー
スリランカ・ポロンナルワのチェディー クリックで拡大 スリランカのチェディー
  この塔に似た仏塔が、遠く海の向こう、スリランカ中部の古都・ポロンナルワのサトマハル=プラサーダ(12世紀ころ)だという。このころポロンナルワとタイ・ビルマ間で、僧侶らの往来がさかんで、サトマハル=プラサーダもタイから来た建築家が建てたらしい。こうして写真を見ると確かによく似ている。5層の四角形の塔、各層に仏像を置く龕(がん)という基本的な部分は全く同じだ。ただしスリランカのものは、上層には各面仏像は1体のみだったようだ。また仏像は失われている。
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 小仏塔「ラッタナ・チェディー」 

ラッタナ・チェディーの仏立像 クリックで拡大 ラッタナ・チェディーの仏立像
ラッタナ・チェディーの全景 クリックで拡大 ラッタナ・チェディーの全景
  礼拝堂の脇に立つ八角形の仏塔。直径4.4m、高さ11.5mで、八角形の各面の龕(がん)にはそれぞれ仏立像が安置されている。女王チャーマテーウィーの血を引くハリプンチャイ国王パヤー・サンパシットが、12世紀に建立したものである。
  メインの仏塔に隠れて忘れられがちだが、造形バランスのよい仏塔だ。
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 ウィハーン(礼拝堂) 

メインの仏塔と礼拝堂 クリックで拡大 メインの仏塔と礼拝堂
礼拝堂全景 クリックで拡大 礼拝堂全景
礼拝堂の内陣 クリックで拡大 礼拝堂の内陣
  まだ新しい建物だ。内部の本尊の上の梁に「仏暦2480年(西暦1937/38年)、シーウィチャイ師が建立」と書いてあった。
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 その他 
由緒ある菩提樹 クリックで拡大 由緒ある菩提樹
シーウィチャイ師の仏塔 クリックで拡大 シーウィチャイ師の仏塔
  メインの仏塔の南に、真新しい白い仏塔が立っている。これもシーウィチャイ師が建てたもので、正面金色の像は、ハリプンチャイ王国の創始者・チャーマテーウィー女王である。
  また、礼拝堂の南に大きな菩提樹がある。説明板によると、仏暦2502年(西暦1959年)、タイの駐インド大使が仏陀が悟りを開いた菩提樹の木の末裔を持ってきたという。
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 ◇ターシン橋
  ワット=プラタート・ハリプンチャイのほぼ正面、クワン川に木造の屋根付き橋が架かっている。「クア・ムン・ターシン」、いずれも北タイ語でクアは橋、ムンは屋根という意味である。以前この辺りにターシン門という城門があったが、対岸のヨーン人の村と町を結ぶためにこの橋が架けられた。
  赤い屋根と白い橋(両側にバイク用の新しい橋が加えられている)は、どこから見ても絵になる。とくにクワン川に映った姿はなかなか美しい。
  橋には「カート・クア・ムン・OTOP・ラムプーン」(ラムプーンOTOP=一村一品運動=屋根付き橋市場)という看板がかかる。橋の上には両側に服飾や雑貨を扱う店が並んでいた。
町の中心側から見た橋 クリックで拡大 町の中心側から見た橋
橋の上の売店 クリックで拡大 橋の上の売店
ウィエンヨーン村側から見た橋 クリックで拡大 ウィエンヨーン村側から見た橋
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 ◇ウィエンヨーン
ワット=トンケーオと織物センター クリックで拡大 ワット=トンケーオと織物センター
ウィエンヨーン村の看板 クリックで拡大 ウィエンヨーン村の看板
  ターシン橋を渡ると、バーン・ウィエンヨーン(ウィエンヨーン村)である。道の左側にワット=トンケーオという寺院がある。境内には民俗資料館があったが閉まっていた。別の一角には「織物センター」があり、数人の中年女性が昔ながらの機織り機で布を織っていた。見ているとおじいさんに即売コーナーに招かれた。綿も絹もあるが、一番安い綿布で1枚700Bだという。おじいさんが言うにはその布1枚織り上げるのに7日かかるそうだ。手織りの味わいがあるので、自分で仕立てられる人にはいいお土産になるだろう。
ヨーン(Yoong)人とラムプーン  
  今日ラムプーンの人口の90%を占めるヨーン人は、元来今の中国・雲南省シップソーンパンナー地方に住んでいたタイ・ルー族に近い集団である。18世紀末にビルマから独立を果たしたチエンマイ王カーウィラは、ラーンナータイ王国再建のため、北タイ語に近い言葉を話す人々を各地から連行していた。
  天然痘のため荒廃していたラムプーンにも人を入植させようと、カーウィラは1805/06年にヨーン人の国へ至った。ヨーン人の君主は争いを好まず、カーウィラの望みを聞いて住民を率いてラムプーンに行くことにした。その際行きたくない住民には髪を剃るように命じたところ、多くの住民がそうした。それを見たカーウィラは、剃髪した住民は従順で争いを好まない人と考え、皆ラムプーンへ連行した。そしてカーウィラはヨーン人の君主の行いに報いるため、クワン川の東岸に土地を与えた。これが今のウィエンヨーン村である。
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