伝説や歴史書によると、661年にチエンマイのドーイステープに住むワーステープ行者が、ラムプーンにハリプンジャヤ(タイ語で、ハリプンチャイ Hariphunchai หริภุญชัย)王国を建設し、モン Mon 族の国ラウォー(現在のロプブリー)の王女・チャーマーテウィーCaamatheewii を女王に迎えた。彼女は父王の命を受けて、500人の臣下と500人の仏僧を率いてピン川をさかのぼり、663年ラムプーンに到着した。女王は寺院を建て、上座部仏教を国教と定めて統治したという。また、ワン川岸にラムパーンを建設してともに支配したという。ただし、ハリプンチャイ王国建国の年代については8〜9世紀という説もあり、遺物等は11世紀以降のものになる。
この後は、ビルマのモン族の国家と緊密な関係を保ったが、1292年、ラーンナータイ王国(チエンマイ)のマンラーイ王によってハリプンチャイ王国は滅ぼされた。
16-18世紀には、ラーンナータイとともにビルマに服属。18世紀末以降、ラムパーン領主カーウィラを祖とするチエンマイ王家の支配を受け、ラーマ5世代にタイ王国(バンコク政府)の一部となった。




