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ビルマ式寺院に馬車のひずめの音が響く町
ラムパーンとその郊外

馬車の走る町、ラムパーン クリックで拡大 馬車の走る町、ラムパーン

  チエンマイから列車かバスで約2時間。チャオプラヤー川の支流の一つ・ワン川が町を流れ、ゆったりした時間を刻んでいく。
  馬車がポッカポッカ、心地よい音を響きを立てて走る町には、いくつかのビルマ式寺院が静かにたたずむ。100年ほど前、チーク材の切り出しで栄えたこの町で財をなしたビルマ人の寄進した寺院だ。
  郊外には、北タイ一美しい寺院といわれるワット=ラムパーンルアンや、タイ象保護センターなどの見どころもある。
内容
◆町の来歴〜ラムパーン略史  /   ◆見どころ紹介  ラムパーン市内   ラムパーン郊外  街角の風景/
◆旅日記から(07年1月)  /   ◆旅のパーツ  (1)ラムパーンへの道のり  (2)ラムパーン市内・周辺の移動手段



◆町の来歴〜ラムパーン略史
 ラムパーンは、近くのラムプーンとともに古い歴史を持つ都市である。伝説によると、7世紀中ころ、モン人の国ラウォー(ロプブリー)の王女・チャーマーテウィーを女王に迎えて、ハリプンチャイ王国がラムプーンに建国された。女王はワン川岸にケーラーンカナコーン国、つまり今のラムパーンを建て、ハリプンチャイ(ラムプーン)とともに支配したという。ただし、ハリプンチャイ王国建国の年代については8〜9世紀という説もあり、遺物等は11世紀以降のものになる。
  1281年、ハリプンチャイ王国がラーンナータイ王国(チエンマイ)のマンラーイ王に滅ぼされると、それに服属。16世紀から18世紀には、ラーンナータイとともにビルマに服属した。1774年、トンブリー王タークシンによるビルマ支配下のチエンマイ攻撃に、ラムパーンの支配者・プラチャオ=カーウィラが加勢し、その功績によりラムパーン王、1781年にはバンコク朝ラーマ1世王からチエンマイ王に封じられ、バンコクに朝貢した。以後、カーウィラ王の子孫が代々チエンマイ王として、19世紀末まで統治した。

ワット=シーチュム ウィハーン クリックで拡大 ビルマ式の寺院 ワット=シーチュム

  19世紀末、この町は英国の会社によるチーク材交易の中心として栄え、チーク材伐採の技術指導や取引にたけたビルマ人が多数やって来た。彼らが資金を出し合って建設、改修したビルマ式の寺院が今日まで残っている。
  20世紀初頭、バンコクからの鉄道が開通した。ラムパーンはあたかも北タイの首都の様子を呈し、こんな言い回しが生まれた。「善人ならラムプーン、美人ならチエンマイ、新し好きならラムパーン」。
  現在、ラムパーンは鉄道が通り、国道1号線(アジアハイウェー2号線)が通る交通の要地だが、チエンマイに比べると訪れる人は少なく、その分かつての栄華に思いを馳せることができる町だ。
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◆見どころ紹介
○ラムパーン市内
  (1)ワン川南側…市場や商店街に混じって、ビルマ式の寺院が点在する。→こちら
  (2)ワン川北側(ワット=プラケーオドーンタオ)…ラムパーン市街でまず第一に訪れたい寺院。 →こちら
  (3)ワン川北側(その他)…静かな住宅街に見どころが点在。馬車か自転車でのんびりと。 →こちら

○ラムパーン郊外
  (1)ワット=プラタートラムパーンルアン…ラーンナー様式の美しい建物。→こちら
  (2)タイ象保護センター…象に癒され、象について考える。→こちら
○街角の風景
  ラムパーンで、ふと見つけた風景。→こちら
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◆旅日記から
馬車に揺られてラムパーン '07.1月
  列車でチエンマイからやって来て、3日間滞在しました。市内ではビルマ式寺院や古い町並みを訪ね、ソンテウやバスに乗って郊外の有名寺院や象保護センターに行って来ました。
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◆旅のパーツ
(1)ラムパーンへの道のり
  バンコクやチエンマイからラムパーンへの交通手段について。→こちら


(2)ラムパーン市内・周辺の移動手段
  ソンテウ、馬車を乗りこなそう。→こちら



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