チャオプラヤー川の対岸・トンブリーからバンコクに王都が移されたのは、今から200年以上前の1782年のことだった。その直後から開かれた古い地域が王宮の東側に残っている。繁華街が東郊へ移ってしまった今、この辺りは時代から取り残されたような建物が並び、けだるい雰囲気が漂う。かつてのバンコクのありさまを想像しながら散歩した。
このページの記述について、
1)2002年8月に実際に歩いた時の記録をもとに記述しました。
2)以下の文献を参考にさせていただきました。
・友杉 孝 著 『図説 バンコク歴史散歩』河出書房新社、1994年
・近石 広信 著 『バンコクなっとく遊歩術』凱風社、2000年
仏具屋街 ワット・スタットで瞑想する
もと刑務所の博物館 インド寺院・中国寺院
アイスクリーム
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仏具屋街

出発点は
民主記念塔 がいいだろう。バスで容易にアクセスできるし、乳白色の羽根4枚が建っている姿は遠くからでもよくわかる。記念塔の東西にのびる道・ラーチャダムヌーン通りを東へ5分ほど歩くと、庭がきれいに整備された瀟洒な建物・
トリムック宮殿 が見える。ちょうどブルネイのボルキア国王夫妻が来タイするらしく、ラーチャダムヌーン通りにはタイ・ブルネイ両国の国旗やボルキア国王夫妻の肖像がずらっと並んでいる。この宮殿でも何か行事があるらしく、たくさんの警官が物々しい警備体制をしいていた。

その角を南へ折れてマハーチャイ通りを行くと、まもなく右手の寺院と並んで異様な建物が見えてくる。銀色に輝く高い建物は同じく銀色のたくさんの尖塔に囲まれている。これが
ローハ・プラサート (「金属の城」という意味)である。中へ入ると各階ごとに仏像が祀ってあり、最上階へ出るとすぐそこにプーカオトーンが見える。風通しもよく気持ちいい。
マハーチャイ通りへ戻り少し南下すると、右手ににぎやかそうな路地がある。路地へはいると何十軒という店が、大小様々な仏像やヒンドゥー神像、仏教関係の絵、プラ・クルアンとよばれるお守りなどを所狭しと並べていた。ラーマ5世王(チュラローンコン大王)の肖像も多く売られていたが、王はもはや神仏に並ぶ存在なのだろうか。
再びマハーチャイ通りを南へ行って右折し、バムルンムアン通りを歩く。この通りの両側はずらっと仏具屋が並ぶ。この国で仏教がいかに大きな力を持っているか、うかがい知ることができる。
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ワット・スタットで瞑想する

正面に大きな赤い鳥居のようなものが見えてくる。この
サオ・チンチャー は1930年代までバラモン僧の儀式にブランコとして使われたものであるが、今はもうこの儀式は行われていない。その手前につい見過ごしそうな小さな祠が建っている。サンチャオ・ケークとよばれるヴィシュヌ神の祠で、インド系の人がたくさん参拝に来ていた。タイは決して仏教一色ではないのだ。
サオ・チンチャーの向かいに、塀で囲まれた大きな寺院がある。ラーマ1世王の時代から創建が始まった
ワット・スタット である。この辺りの道路は交通量も多く、車の騒音も激しいが、一歩中へ入ると静寂が訪れる。ホッとする一瞬である。礼拝堂には、はるばるスコータイのワット・マハタートから招来した金色に輝く大仏が鎮座し、壁に描かれた絵も美しい。数人が大仏の前に座って瞑想している。最近のバンコクでもストレスに悩む人が増えているようで、瞑想することがはやっているという。心地よい静けさの中、目をつむって座っていると、たしかに心が落ち着く。豊かな時間の流れを感じた。

気がつくと30分ほど経過し、12時近くになっていた。お坊さんの説教が始まるようで、それを聞きに来る人が増えてきた。善男善女のじゃまにならぬよう、礼拝堂を辞して本堂を訪ねた。遠くに本尊が、手前にはたくさんの弟子の前で説教する仏陀像が祀られていた。ここも壁画が美しかった。
ワット・スタットを出て、先ほどのマハーチャイ通りへ戻り再び南下すると、右手に籐細工屋が何軒か並んでいる。昔からタイで使われている民具などが売られている。その先に大きな公園(ロムマニナート公園)があり、矯正博物館なる建物が建っているが、お腹もすいたので、素通りしてパフラット地区のショッピングセンターで昼食・休憩とする。
なお、この辺りの古いショッピングセンターは、サヤームスクウェアやラートプラソーンなどが発展を始める1970年代まで、バンコク一の繁華街だったらしい。
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もと刑務所の博物館
オールドサヤームショッピングセンターを出て、先ほど通り過ぎた公園へ戻る。その途中、銃砲店が数件並んでいる。黒光りする銃砲がショーケースに展示されているが、見ていて気持ちいいものではない。この公園は以前刑務所があったところで、刑務所が北方のチャトチャク(ウィークエンドマーケットで有名な地区)へ移転後、公園として整備されたという。いまも塀や監視塔が残されている。公園に隣接する
矯正博物館 は、2棟の建物からなり入場無料、しかもクーラーも効いている。
第1棟は、昔の処刑や拷問の方法が、実物大の人形を使ったジオラマで展示されている。ものすごくわかりやすいが、少々気味が悪い。その中で印象に残ったもの……。昔は首を落として処刑したが、そのあと足首も切断した。なぜか。逃亡防止用の足かせのおもりを取り外すためだそうだ。ちなみに今は銃殺刑だが、執行人と死刑囚の間に布を垂らして行う。
タイならではの拷問方法としておもしろかった(不謹慎かも)のは、竹で編んだ大きなボールの内側にピンをたくさんつけ、その中に囚人を入れる。そして…、何とゾウにそのボールを蹴らすという。第2棟の方は、昔の刑務所の一部を再現したものや、刑務所で使われた調理器具や日用品などが展示してあった。見学客は他にほとんどなく、クーラーの中、ゆっくり見学できた。
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インド寺院・中国寺院
公園の北側の路地を西へ向かい、ワットスタットの脇を向けて再び大ブランコ(サオ・チンチャー)のそばに出る。大ブランコの向こうに見える巨大なコンクリートのビルは、バンコク都庁舎である。暑い昼下がり、こういう「近代的な建物」はよけい暑苦しく感じる。

都庁舎の西側にあるのが、
デーヴァサターン というヒンドゥー寺院である。3つの祠が並んでいるが、たまたま真ん中のガネシャを祀る祠以外は修復工事中だった。そのためか訪れる人も少なく、ひっそりしていた。
そこから細い路地を西に向かうと、今度は黒い屋根瓦の建物が見えてくる。漢字の看板もかかっている。
サンチャオ・ポースア とよばれる中国寺院である。
入口にはその名前の通り2頭の金色の虎(スアとは虎の意味)が鎮座している。中へ入るとそこは中国そのもので、肉や果物が所狭しと奉納され、線香の煙でいぶされている。
参拝の人が入れ替わり訪れ、中は大にぎわいだった。
アイスクリーム

サンチャオ・ポースアの前の通りをタナオ通りというが、この辺りは19世紀終わり頃、バンコクで最もモダンな地域だったらしい。それを示すのが、そのそばに立っている欧風の
サプサート・スパキット門 である。周辺の下町的情景とはどう見てもミスマッチなこの門は、かつて同名の王子の屋敷跡の一部という。
今日の締めくくりに、バムルンムアン通りの近くにある、古いアイスクリーム屋
「ナタポン」 へ行った。
古い木造の商店街の一角にあるこの店も、歴史を感じさせる雰囲気があった。いろんなトッピングが選べるようになっていたので、甘く煮た豆とコーンをのせてもらい、
12バーツだった。乳脂肪分がほとんどなく、かわりにココナッツミルクのほのかな甘みがする、素朴な味のアイスクリームだった。いにしえのバンコクの味…かもしれないと思った。
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