'04 ビルマ
旅日記から(2)
-------8月23日
[行程]マンダレー近郊をめぐる(インワ・ザガイン・アマラプラ) マンダレー(泊)
由緒ある3都市をめぐる
インワ
ザガイン
アマラプラ /この日のデータ
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由緒ある3都市をめぐる
きのうGHのそばで会ったおじさんに、タクシーで近郊3都市を10ドルで案内するよと誘われOKした。9時に待ち合わせの場所に行くと、古いマツダの自動車「B400」と運転手、そしてきのう会ったおじさんがガイド役として待っていた。
出発前に、この3都市の由緒を簡単に紹介しておく。
1299年ビルマ族のバガン朝が崩壊した後、シャン族が上ビルマ(今日のマンダレー周辺)を制圧し、1315年
ザガインに都をおいたが、群雄割拠の状態が続き不安定だった。そこで1364年、シャン族の王タドーミンビャーがシャン族の勢力を結集してインワ朝を始め、新たな都・ラタナプーラ(「宝石の都」の意味)を築いた。これが今の
インワであり、ラタナプーラはビルマの代名詞として外国に知られたという。その後インワは、1555年にビルマ族のタウングー朝に征服されるが、1628年タウングー朝はインワに遷都し、再び王都となった。
1752年下ビルマから攻め上ったモン族にインワは征服され、タウングー朝も滅んだが、まもなくビルマ族を束ねたアラウンパヤー王がインワを奪回し、彼がうち立てたコンバウン朝の首都とされた。その後は短期間で遷都が繰り返され、
1760年
ザガイン→1764年
インワ→1783年
アマラプラ→1823年
インワ→1841年
アマラプラ→1857年マンダレーと移った。(1885年マンダレーは英国に占領されビルマ王国は滅ぶ。)
インワをはじめとするこの3都市は常にビルマ史の焦点であり続けたわけだ。
***以上の部分は「東南アジアを知る事典」(平凡社)を参考にして記述しました。
インワ
まず、インワへ向かう。途中「ハンドクラフトセンター」
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に寄って刺繍の様子を見せてもらう。その他工芸品を売っていたが、あまり興味がないので何も買わなかった。しばらく行くと道が途絶え、大きな川(ミッゲー川)が現れた。渡し船
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に乗りかえて対岸のインワへ渡った。そこで馬車を雇い、インワの見どころをまわってもらった。
川の水量が多く、あちこちに水たまりもあるので聞くと、2週間前まで洪水のためこの辺り一帯は水浸しだったそうだ。この村の人たちもマハーアウンミェ僧院に避難したという。インワは町というより村で、未舗装の道が続き人気も少ない。
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前述のように数百年にわたって都がおかれたとは全く想像できないが、よく見ると古そうなパゴダが点在している。次に紹介する3か所はいずれも19世紀前半の建造で、200年近い歴史を経たものである。
(1)バガヤー僧院 ここまで船着き場から馬車で20分あまり。ここでインワの入域料4000Kを払った。僧院は重厚なチークづくりで、中へ入ると何本かある柱もとても太く抱きかかえられない。
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外壁を飾る木彫りも豪華だ。
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(2)監視塔
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少し傾いているが上まで登れる。野原の真ん中に建っているので、インワの村の様子や遠くザガイン鉄橋まで見渡せる。
→□■子どもの物売りが、木彫り・コイン・石細工などを売っていて、けっこうしつこい。
(3)マハーアウンミェ僧院
→□■現在は使われていないが、レンガ造りで華やかな雰囲気がある。物売りのおばさんから絵はがきを買うと、おばさんはEUROの換算ができる電卓を持ってきて、これはどう使うのか聞いてくるので、一応説明したがわかったかな?
船着き場へ戻ると、木陰で若い男たちがギャンブルに興じている。途中会った土産物屋は女性と子どもばかりだったのに。
ザガイン
再びタクシーで少し走ると、エーヤワディー川をまたぐ
インワ鉄橋
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に至る。その前で外国人は入域料2000Kを支払う。また、ここから違う管区へ入るので(マンダレー管区からザガイン管区)ビルマ人も記帳しいくらかお金を払っている。この鉄橋は軍事的にも重要なようで、歩哨が立っている。まん中に線路が1車線、その両脇に道路が片側1車線ずつある。
ザガインはけっこう繁華な町で、赤茶色の僧衣を着たお坊さんが目立つ。
ザガインヒルに登る。きのう登ったマンダレーヒルに似ているが、靴を履いたまま登れた。昼間なので暑いし、階段もきつい。休み休み上り、頂上のパゴダ
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まで30分以上かかった。頂上からはエーヤワディー川やインワ鉄橋、そして無数の白いパゴダで埋め尽くされているこのザガインヒルの情景
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がよく見えた。パゴダを見物していると、若いお坊さんが数珠と交換に寄付を迫ってきたので、100K寄付した。しかしお坊さんが寺の境内で寄付を強要するとは、タイでは考えられない。
この後おじさんが案内してくれた中華料理店で昼食をとり、再びインワ鉄橋を渡ってアマラプラへ向かった。
アマラプラ
ここは織物が特産らしく、町に入るとあちこちから機織りのカッタン、カッタンというリズミカルな響きが聞こえる。
工房兼土産物屋でタクシーを降ろされ、機織りの様子を見学した後、おもな見どころをまわった。
(1)ウーベイン橋
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160年前に湖に架けられた木製の長い橋。歩くと15分以上かかる。保護のためか、橋の両端には柵が設けられ歩行者のみ渡れるようになっている。湖の上なので適度に風はあるが、日差しはきつい。ところどころ橋の脇に屋根とベンチがついた休憩所がつくられていて助かる。湖に入って胸まで水に浸かりながら釣り
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をしている人が多い。
橋を対岸まで渡りきった辺り、この前の洪水のためか、橋が一部壊れ修理中だった。そこからさらに6,7分歩いて、チャウットージーパゴダ
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を見学した。とくに4つの入口の天井には、星座やパゴダなど町の風景を描いたフレスコ画
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がよく残っていた。
(2)パトドージーパゴダ
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大きな真っ白いパゴダ。リスが何匹かいた。
(3)王宮跡
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建物が2つ残るのみで、王宮の面影はなかった。これで今日の日程は終了。夕方4時半ころマンダレーに戻ってきた。
【この日のデータ】
9:00 タクシーに乗ってマンダレーを出発。タクシー代10USドル
10:00ころ ミンゲー川を渡し船で渡ってインワへ。往復1000K
インワでは馬車を雇い約1時間半かけて街をまわる。2500K
バガヤー僧院・監視塔・マハーアウンミェ僧院 入域料4000K
11:45ころ 再び川を渡り、タクシーに乗り換え、ザガインに向かう。
インワ鉄橋で入域料を支払う。2000K。ザガインヒルに上る。その後昼食。再び鉄橋を渡り、アマラプラへ。
14:00ころ アマラプラ着。織物工房・ウーベイン橋・パトドージーパゴダ・王宮跡
16:30ころ マンダレーへ帰着
GHへ帰り休憩後、夕食
★memo これらの都市に自力で、つまりバス等を使っても行けるが、
効率を考えたらマンダレーでタクシーをチャーターするのを薦める。値段もそんなに高いとは思わない。
両替1ドル=900K。100K≒12円