| 時代 | 名 称 | 地 区 | 完成年代 | 建立した王名 | おもな歴史 |
|---|---|---|---|---|---|
| 9・10 世紀 | タラバー門 | オールドバガン | 9C | ピュー族の19か村をもとに、9世紀中ごろ都城が築かれた。 | |
| ナトゥラウン寺院 | オールドバガン(城壁内) | 10C初 | |||
| 11 世 紀 | ミンカバーパゴダ | ミンカバー村 | 11C | @アノーヤター(タトン国征服=1057年以前) | 11世紀、アノーヤター王が王国を建設。 @アノーヤター(在位1044-77) 1057年、南部のモン族の国タトンに遠征し、マヌーハ王以下多数の捕虜を連行。アノーヤターが所望した経典を、マヌーハが贈らなかったことが契機になったという。 この遠征によって、バガンにモン文字(ビルマ文字の起源)と上座部仏教がもたらされ、従来の土着信仰や大乗仏教・ヒンドゥー教は衰えた。 |
| ナンパヤー寺院 | ミンカバー村 | 11C | @アノーヤター(タトン国征服=1057年以前) | ||
| シュエサンドーパゴダ | オールドバガン(城壁外・南東) | 1057年 | @アノーヤター | ||
| ピタカタイ | オールドバガン(城壁内) | 1058年 | @アノーヤター | ||
| ローカナンダーパゴダ | ニューバガン | 11C | @アノーヤター | ||
| ペッレイパゴダ | ニューバガン | 11C | @アノーヤター | ||
| マヌーハ寺院 | ミンカバー村 | 11C | @アノーヤター(建立者はタトン王マヌーハ) | ||
| アベーヤダナー寺院 | ミンカバー村 | 11C | Aソールー(建立者はBチャンスィッターの妻) | Aソールー(在位1077-84) @アノーヤターの子。モン族の反乱で殺された。 | |
| アーナンダ寺院 | オールドバガン(城壁外・東) | 1091年 | Bチャンスィッター | Bチャンスィッター(在位1084-1113) 先代王が殺された後の混乱を収拾するため、推戴されて王位についた。非王族出身という。ビルマ族とモン族との融合に尽力し、多くの寺院・パゴダを造営して仏教普及につとめた。 | |
| ナガーヨン寺院 | ミンカバー村 | 11C | Bチャンスィッター | ||
| ブーパヤーパゴダ | オールドバガン(城壁内) | 11C(3C?) | |||
| シンビンターリャウン | オールドバガン(城壁外・南東) | 11C | |||
| セインニェニマパゴダ | ミンカバー村 | 11C | パウドームーパゴダ | ミンカバー村 | 11C |
| 12 世 紀 | シュエジーゴンパゴダ | ニャウンウー | 12C初 | @アノーヤター〜Bチャンスィッター | |
| チャンスィッター窟院 | ニャウンウー | 12C初 | |||
| タビニュ寺院 | オールドバガン(城壁内) | 12C初 | Cアラウンシ−ドゥー | Cアラウンシ−ドゥー (在位1113-63) Bチャンスィッターの孫。 | |
| グービャクジー寺院 | ミンカバー村 | 12C初 | |||
| シュエグージーパゴダ | オールドバガン(城壁内) | 1131年 | Cアラウンシ−ドゥー | ||
| ローカティンパン寺院 | オールドバガン(城壁外・南東) | 1160年 | |||
| ダマヤンジー寺院 | オールドバガン(城壁外・南東) | 1165年頃中断 | Dナラトゥー | Dナラトゥー(在位1163-65) 父王と兄を殺して王位につく。侵入したセイロン人に殺害された。 Eナラティンカ(在位1170-73) | |
| ダマヤズィカパゴダ | タテーカン村 | 1196年 | Fナラパティシードゥー | Fナラパティシードゥー (在位1174-1211) バガンの王統が復活。このころモン文化は衰え、ビルマ文化がさかんになる。1190年、セイロンで修行した僧サパタが帰国すると、タトンから伝わったモン族の仏教にかわってセイロン直伝の上座部仏教が広まり、仏像・寺院・パゴダの造営がさかんになり、バガンは440万を超える仏教建築物で埋め尽くされたという。 | |
| スラマニ寺院 | オールドバガン(城壁外・南東) | 12C末 | Fナラパティシードゥー | ||
| サパタパゴダ | ニャウンウー | 12C末 | |||
| パトーダーミャー寺院 | オールドバガン(城壁内) | 12C(11C?) | |||
| ペビンチャウンパゴダ | オールドバガン(城壁内) | 12C | |||
| 13 世 紀 | ティーローミンロー 寺院 | オールドバガン(城壁外・東) | 13C初 | Gティーローミンロー | Gティーローミンロー(ナンダウミャ) (在位1211-34) |
| ゴドーパリン寺院 | オールドバガン(城壁内) | 13C初 | Fナラパティシードゥー〜Gティーローミンロー | ||
| マハーボディパゴダ | オールドバガン(城壁内) | 13C初 | Gティーローミンロー | ||
| ナンダーマニャ寺院 | ミンナトゥ村 | 1248年 | Hチュスワー(在位1234-50) | ||
| タンブラ寺院 | ミンナトゥ村 | 1255年 | Iウザナー(建立者はその妻) | Iウザナー(在位1250-54) | |
| パヤトンズ寺院 | ミンナトゥ村 | 13C後半 | |||
| ミンガラゼディパゴダ | オールドバガン(城壁外・南) | 1274年 | Jナラティーハパテ | Jナラティーハパテ (在位1255-87) このころバガンの国力は完全に衰えていた。長年にわたる寺院・パゴダの建設は財政難をもたらし、寺院に寄進された土地や奴隷は国家権力の外におかれて徴税も支配もできなくなっていた。このころモンゴル人(元)が朝貢と臣従を要求してくるが、バガンはこれを拒否したため、1277-87年に4回も侵攻を受けた。これにより政治の主導権は新興のシャン族に移り、1299年バガン王朝は消滅した。 | |
| タンドージャ石仏 | オールドバガン(城壁内) | 1284年 | |||
| セインニェアマ寺院 | ミンカバー村 | 13C(11C?) | |||
| 不明 | ソーミンジー僧院 | ミンカバー村 | 11〜13C | ||
| ウパリテェン | オールドバガン(城壁外・東) | 17〜18C? |