タイトル リンクバー HOME エーヤワディー川TOP ビルマ黄金ルートTOP 前ページ 次ページ

  バガンのおもな寺院・パゴダの検索A 時代順

 バガンにある有名な寺院・パゴダを、検索しやすいように時代順に並べました。バガン朝のおもな歴史も、参考のためつけ加えておきました。 とくに有名で必見と思われるものは、 紫色 で示しました。
 なお、当ホームページに記載された寺院・パゴダについて、名称をクリックすると「旅日記」の関連箇所が別ウィンドウで開きます。また、写真 をクリックするとその写真が見られます。


※王名の前の丸数字は、バガン朝の何代目かを示す。
※このページの記述は、『東南アジアを知る事典』(平凡社、1986年)を参考にしました。
9・10世紀 11世紀 12世紀 13世紀  
時代 名 称 地 区 完成年代 建立した王名 おもな歴史
9・10
世紀
タラバー門写真オールドバガン9C  ピュー族の19か村をもとに、9世紀中ごろ都城が築かれた。 
ナトゥラウン寺院写真オールドバガン(城壁内)10C初 
11





ミンカバーパゴダ写真ミンカバー村11C@アノーヤター(タトン国征服=1057年以前)  11世紀、アノーヤター王が王国を建設。
@アノーヤター(在位1044-77)
 1057年、南部のモン族の国タトンに遠征し、マヌーハ王以下多数の捕虜を連行。アノーヤターが所望した経典を、マヌーハが贈らなかったことが契機になったという。
 この遠征によって、バガンにモン文字(ビルマ文字の起源)と上座部仏教がもたらされ、従来の土着信仰や大乗仏教・ヒンドゥー教は衰えた。
ナンパヤー寺院ミンカバー村11C@アノーヤター(タトン国征服=1057年以前)
シュエサンドーパゴダ写真 オールドバガン(城壁外・南東)1057年@アノーヤター
ピタカタイ写真オールドバガン(城壁内)1058年@アノーヤター
ローカナンダーパゴダ写真 ニューバガン11C@アノーヤター
ペッレイパゴダ写真ニューバガン11C @アノーヤター
マヌーハ寺院写真ミンカバー村11C@アノーヤター(建立者はタトン王マヌーハ)
アベーヤダナー寺院ミンカバー村11CAソールー(建立者はBチャンスィッターの妻) Aソールー(在位1077-84)
 @アノーヤターの子。モン族の反乱で殺された。 
アーナンダ寺院 写真 オールドバガン(城壁外・東) 1091年 BチャンスィッターBチャンスィッター(在位1084-1113)
 先代王が殺された後の混乱を収拾するため、推戴されて王位についた。非王族出身という。ビルマ族とモン族との融合に尽力し、多くの寺院・パゴダを造営して仏教普及につとめた。
ナガーヨン寺院写真ミンカバー村11C Bチャンスィッター
ブーパヤーパゴダ写真オールドバガン(城壁内)11C(3C?) 
シンビンターリャウン写真 オールドバガン(城壁外・南東)11C 
セインニェニマパゴダ写真 ミンカバー村11C  
パウドームーパゴダ写真ミンカバー村11C 
12





シュエジーゴンパゴダ写真 ニャウンウー12C初@アノーヤター〜Bチャンスィッター
チャンスィッター窟院写真 ニャウンウー12C初 
タビニュ寺院写真オールドバガン(城壁内)12C初Cアラウンシ−ドゥーCアラウンシ−ドゥー
     (在位1113-63)
 Bチャンスィッターの孫。
グービャクジー寺院写真ミンカバー村12C初  
シュエグージーパゴダ写真オールドバガン(城壁内)1131年Cアラウンシ−ドゥー
ローカティンパン寺院写真 オールドバガン(城壁外・南東)1160年 
ダマヤンジー寺院写真オールドバガン(城壁外・南東)1165年頃中断DナラトゥーDナラトゥー(在位1163-65)
 父王と兄を殺して王位につく。侵入したセイロン人に殺害された。
Eナラティンカ(在位1170-73)
ダマヤズィカパゴダタテーカン村1196年FナラパティシードゥーFナラパティシードゥー
(在位1174-1211)
バガンの王統が復活。このころモン文化は衰え、ビルマ文化がさかんになる。1190年、セイロンで修行した僧サパタが帰国すると、タトンから伝わったモン族の仏教にかわってセイロン直伝の上座部仏教が広まり、仏像・寺院・パゴダの造営がさかんになり、バガンは440万を超える仏教建築物で埋め尽くされたという。 
スラマニ寺院写真オールドバガン(城壁外・南東) 12C末 Fナラパティシードゥー
サパタパゴダニャウンウー12C末   
パトーダーミャー寺院 オールドバガン(城壁内)12C(11C?) 
ペビンチャウンパゴダ オールドバガン(城壁内)12C 
13





ティーローミンロー
寺院
写真
オールドバガン(城壁外・東)13C初 GティーローミンローGティーローミンロー(ナンダウミャ)
    (在位1211-34)
ゴドーパリン寺院 写真オールドバガン(城壁内) 13C初 Fナラパティシードゥー〜Gティーローミンロー
マハーボディパゴダ写真オールドバガン(城壁内) 13C初 Gティーローミンロー
ナンダーマニャ寺院ミンナトゥ村1248年 Hチュスワー(在位1234-50) 
タンブラ寺院ミンナトゥ村1255年Iウザナー(建立者はその妻)Iウザナー(在位1250-54) 
パヤトンズ寺院ミンナトゥ村13C後半  
ミンガラゼディパゴダ写真オールドバガン(城壁外・南)1274年JナラティーハパテJナラティーハパテ
(在位1255-87)
 このころバガンの国力は完全に衰えていた。長年にわたる寺院・パゴダの建設は財政難をもたらし、寺院に寄進された土地や奴隷は国家権力の外におかれて徴税も支配もできなくなっていた。このころモンゴル人(元)が朝貢と臣従を要求してくるが、バガンはこれを拒否したため、1277-87年に4回も侵攻を受けた。これにより政治の主導権は新興のシャン族に移り、1299年バガン王朝は消滅した。
タンドージャ石仏写真オールドバガン(城壁内)1284年 
セインニェアマ寺院写真ミンカバー村13C(11C?) 
不明 ソーミンジー僧院写真ミンカバー村11〜13C   
ウパリテェン 写真オールドバガン(城壁外・東)17〜18C?    

@50音順による検索→
上へ戻る
リンクバー HOME エーヤワディー川TOP ビルマ黄金ルートTOP 前ページ 次ページ